宝塚歌劇団の月組トップスターとして活躍し、退団後は女優としてドラマや舞台に出演している珠城りょうさん。2026年には日曜劇場「VIVANT」第2シーズンで廣瀬瑞樹役を続投し、改めて注目を集めています。
宝塚時代には入団9年目という異例の早さで月組トップスターに就任したことから、「宝塚では何期?」「どんな経歴の持ち主?」「いつ退団した?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
そこでこの記事では、珠城りょうさんの経歴を中心に、宝塚94期生としての歩みやトップスター時代、退団後の女優活動を時系列で紹介します。さらに、中学時代や宝塚音楽学校受験、実家に関する公表情報、VIVANTでの役柄についても整理します。
- 珠城りょうさんの経歴・プロフィール
- 宝塚94期生から月組トップスターになるまでの歩み
- 宝塚退団後の女優活動やVIVANTでの役柄
- 中学時代や宝塚受験、実家について分かっていること
珠城りょうの経歴・プロフィール
珠城りょうさんは、元宝塚歌劇団月組の男役トップスターで、現在は女優・歌手として活動しています。
1988年10月4日生まれで、2026年10月現在は38歳。愛知県出身で、身長は172cmです。
| 名前 | 珠城りょう(たまき りょう) |
|---|---|
| 生年月日 | 1988年10月4日 |
| 年齢 | 38歳 |
| 出身地 | 愛知県 |
| 身長 | 172cm |
| 職業 | 女優・歌手 |
| 宝塚 | 94期生・元月組男役トップスター |
| 所属 | ケイパーク |
所属事務所の公式プロフィールでは、特技としてスイミング、スキー、殺陣、趣味としてドライブ、乗馬、映画鑑賞、舞台鑑賞などが紹介されています。(出典:ケイパーク)
1988年生まれ・愛知県出身
珠城りょうさんは1988年10月4日生まれで、愛知県蒲郡市で育ちました。
幼少期から体を動かすことが好きで、3歳から水泳を始め、小学生時代にはバスケットボールや陸上、中学ではハンドボールに取り組んでいたと本人がインタビューで語っています。
宝塚の男役として活躍した172cmの高身長に加え、幼い頃からスポーツに親しんできた経験も、ダイナミックな舞台での表現につながったのかもしれません。
現在は女優・歌手として活動
珠城さんは2021年に宝塚歌劇団を退団した後、舞台だけでなくテレビドラマや映画にも活動の幅を広げています。
2022年には日曜劇場「マイファミリー」でテレビドラマに初出演。2023年には映画「わたしの幸せな結婚」に出演し、同年の日曜劇場「VIVANT」では別班員・廣瀬瑞樹役を演じました。
その後も「アンチヒーロー」やNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」などに出演し、2026年には「VIVANT」第2シーズンにも廣瀬役で続投しています。
所属事務所はケイパーク
宝塚退団後は芸能事務所「ケイパーク」に所属しています。
舞台や映像作品への出演に加え、ソロコンサートやアルバムのリリースなど音楽活動も行っており、宝塚時代に培った歌・芝居・ダンスの経験を生かして幅広く活動しています。
また、出身地である蒲郡市では観光大使も務めており、地元とのつながりを大切にしながら活動を続けています。
珠城りょうは宝塚歌劇団の何期?
2008年入団の94期生
珠城りょうさんは、宝塚歌劇団の94期生です。
2006年に宝塚音楽学校へ入学し、2年間のレッスンを経て2008年に宝塚歌劇団へ入団しました。
94期生として初舞台を踏んだ後は月組へ配属され、男役としてキャリアをスタートしています。
「ME AND MY GIRL」で初舞台
珠城さんの初舞台は、2008年の月組公演「ME AND MY GIRL」でした。
その後も月組で経験を重ね、入団からわずか数年で重要な役を任されるようになります。
初舞台後は月組に配属
初舞台後は月組に配属され、その後2021年の退団まで月組一筋で活動しました。
若手時代から新人公演主演やバウホール主演などを経験し、最終的には月組男役トップスターまで上り詰めています。
珠城りょうの宝塚時代の経歴
入団3年目で新人公演初主演
珠城りょうさんは2010年、「THE SCARLET PIMPERNEL」で新人公演初主演を務めました。
入団3年目という早い段階で主演に抜擢されており、若手時代から将来を期待されていたことが分かります。
2013年「月雲の皇子」でバウホール初主演
2013年には「月雲の皇子」で宝塚バウホール公演初主演を務めました。
同作は再演も行われ、珠城さんの代表的な若手時代の作品の一つとなっています。
さらに2015年には「Bandito-義賊 サルヴァトーレ・ジュリアーノ-」で東上公演初主演を果たすなど、トップスターへの道を着実に歩んでいきました。
2016年に月組男役トップスターへ
2016年9月、珠城さんは龍真咲さんの後任として月組男役トップスターに就任しました。
入団9年目でのトップスター就任は、男役としては天海祐希さんの入団7年目に次ぐ異例の早さだったと所属事務所の公式プロフィールでも紹介されています。
早い段階から新人公演主演やバウホール主演などを任されてきた実績を経て、月組の中心へと成長していきました。
「エリザベート」などで主演
トップスター時代には「グランドホテル」「All for One」「エリザベート-愛と死の輪舞-」「I AM FROM AUSTRIA」など数多くの作品で主演しました。
2018年の「エリザベート」ではトート役を演じ、月組トップスターとして大作を率いています。
相手役は当初、愛希れいかさんが務め、その後は美園さくらさんとトップコンビを組みました。
珠城りょうが月組トップスターになったのはなぜ?
若手時代から重要な役に抜擢されていた
珠城りょうさんが入団9年目という早さでトップスターになった背景には、若手時代から継続して重要な役を任されてきた経歴があります。
入団3年目で新人公演初主演を経験し、その後はバウホール主演や東上公演主演などを重ねています。
いきなりトップスターに抜擢されたわけではなく、段階的に大きな舞台を任されてきたことが分かります。
172cmの高身長と舞台での存在感
珠城さんは172cmの高身長で、男役として舞台映えする恵まれた体格を持っています。
幼少期からスポーツに親しんでいたこともあり、ダイナミックなダンスや舞台上での存在感も魅力の一つでした。
「コネでトップになった」と確認できる根拠はない
異例の早さでトップスターへ就任したことから、ネット上では「コネ」という言葉と一緒に検索されることもあります。
しかし、珠城さんがコネによって宝塚へ入団した、あるいはトップスターへ昇進したことを裏付ける公式情報は確認されていません。
新人公演主演やバウホール主演など、トップ就任までに多くの実績を積んでいるため、確認できる事実をもとに見ることが大切です。
珠城りょうはいつ宝塚を退団した?
2021年8月15日に宝塚歌劇団を退団
珠城りょうさんは、2021年8月15日に宝塚歌劇団を退団しました。
最後の公演となったのは、東京宝塚劇場で上演された「桜嵐記/Dream Chaser」です。
2016年のトップスター就任から約5年間にわたり、月組を率いました。
「桜嵐記/Dream Chaser」が最後の公演
退団公演となった「桜嵐記/Dream Chaser」では、美園さくらさんとともに宝塚を卒業しました。
退団後は芸能活動を休止するのではなく、女優や歌手として新たなキャリアをスタートさせています。
珠城りょうの退団後の経歴
2022年「マイファミリー」でドラマ初出演
宝塚退団後、珠城さんは映像作品にも活動の場を広げました。
2022年にはTBS系日曜劇場「マイファミリー」でテレビドラマ初出演を果たしています。
宝塚時代とは異なる、カメラの前での芝居へ本格的に挑戦するきっかけとなりました。
2023年「わたしの幸せな結婚」で映画初出演
2023年には映画「わたしの幸せな結婚」に出演し、映画デビューを果たしました。
同年には日曜劇場「VIVANT」にも出演するなど、映像作品での存在感を高めていきます。
「VIVANT」「アンチヒーロー」など話題作へ
2023年の「VIVANT」では廣瀬瑞樹役、2024年には「アンチヒーロー」など、話題のドラマへの出演が続きました。
舞台でも「マヌエラ」などに出演しており、宝塚時代から培ってきた舞台経験と映像作品での芝居を両立しています。
2025年は大河ドラマ「べらぼう」に出演
2025年にはNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」に出演しました。
宝塚退団後、舞台だけにとどまらず、映画・民放ドラマ・大河ドラマへと出演の幅を着実に広げています。
珠城りょうはVIVANTで何役?
別班員・廣瀬瑞樹役で出演
珠城りょうさんは日曜劇場「VIVANT」で、別班員の廣瀬瑞樹を演じています。
主人公・乃木憂助と同じく、自衛隊の非公然組織「別班」に所属するメンバーの一人です。
宝塚時代に培った凛とした立ち姿や存在感もあり、別班員という役柄に注目が集まりました。
2026年の第2シーズンにも続投
2026年に放送されている「VIVANT」第2シーズンでも、珠城さんは廣瀬瑞樹役で続投しています。
第2シーズンでは廣瀬を含む別班員たちが物語の重要な鍵を握っており、第1シーズン以上に印象的な場面が描かれています。
過酷なシーンでの演技も話題に
第2シーズンでは廣瀬が拘束され、過酷な状況に置かれる展開も描かれました。
特殊メイクを施した姿や、乃木たちと再会する場面で見せた感情表現など、珠城さんの演技にも注目が集まっています。
宝塚の男役トップスターだった珠城さんを「VIVANT」で初めて知った視聴者も多く、現在の代表的な映像作品の一つとなっています。
珠城りょうの中学時代はスポーツ少女だった
3歳から水泳を続けていた
珠城りょうさんは、幼少期から活発なスポーツ少女でした。
本人のインタビューによると、3歳から水泳を始め、中学生になるまで続けていたそうです。
小学生時代にはバスケットボールなどにも取り組み、体を動かすことが好きな子供だったことがうかがえます。
中学ではハンドボール部の主将
中学時代はハンドボール部に所属し、主将を務めていました。
宝塚の舞台とはまったく異なるスポーツの世界で、チームをまとめる立場を経験していたことになります。
中学時代に初めて宝塚を観劇
珠城さんが宝塚と出会ったのも中学生の頃でした。
本人のインタビューによると、中学2年生のときに母親と宝塚観劇のバスツアーに参加したことが大きな転機になったといいます。
それまで宝塚をほとんど知らなかったものの、舞台を見たことで「自分もあの舞台に立ちたい」と思うようになりました。
3度目の受験で宝塚音楽学校に合格
珠城さんは宝塚音楽学校に一発で合格したわけではありません。
3度目の受験で合格しており、本人もこれまでの道のりは順風満帆ではなかったと振り返っています。
蒲郡から東京の受験レッスンへ通うなど努力を続け、最後と決めた挑戦で合格をつかみました。
珠城りょうの学歴は?
高校在学中に宝塚音楽学校へ合格
珠城りょうさんは中学生の頃から宝塚音楽学校を受験し、高校在学中に3度目の挑戦で合格しました。
その後は宝塚音楽学校へ進み、歌やダンス、芝居など宝塚歌劇団の舞台に必要な技術を学びました。
2006年に宝塚音楽学校へ入学
2006年に宝塚音楽学校へ入学し、2年間の厳しいレッスンを受けています。
音楽学校時代には歌やダンスだけでなく、宝塚独特の規律や伝統にも触れました。
2008年に宝塚歌劇団へ入団
宝塚音楽学校を卒業後、2008年に94期生として宝塚歌劇団へ入団しました。
大学へ進学する一般的な進路ではなく、10代から宝塚の舞台でプロとして活動する道を選んだことになります。
珠城りょうの実家はどこ?
愛知県蒲郡市で育った
珠城りょうさんは愛知県蒲郡市の出身です。
本人のインタビューでは、宝塚受験のため蒲郡から東京へ一人でレッスンに通っていた時期があったことも語られています。
現在も蒲郡市とのつながりは深く、蒲郡市観光大使を務めています。
両親は宝塚受験を支えていた
珠城さんは、宝塚を目指す際に両親が本人の意思を尊重してくれたことをインタビューで明かしています。
一度や二度の不合格で諦めず、3度目まで受験を続けられた背景には、家族の支えもあったようです。
「実家は歯医者」という噂を裏付ける情報はない
ネット上では珠城さんの「実家が歯医者」という情報を見かけることがあります。
しかし、両親の職業や実家が歯科医院であることを裏付ける公式情報は確認できません。
家族は一般人でもあるため、公表されていない職業や実家について推測で断定するのは避けた方がよいでしょう。
珠城りょうは現在何をしている?
舞台・ドラマ・映画で女優として活動
珠城りょうさんは宝塚退団後、女優として舞台・テレビドラマ・映画など幅広い作品に出演しています。
特に「VIVANT」や「アンチヒーロー」、大河ドラマ「べらぼう」など映像作品への出演が続き、宝塚ファン以外にも知られる存在となりました。
蒲郡市観光大使も務める
珠城さんは2022年に蒲郡市観光大使へ就任しました。
地元出身の著名人として、女優活動と並行して蒲郡市の魅力を発信しています。
2026年はVIVANTで再び注目
2026年現在は「VIVANT」第2シーズンで廣瀬瑞樹役を演じ、再び注目されています。
宝塚時代の華やかなトップスターというイメージとは異なる、緊張感のある映像作品での芝居も、現在の珠城さんの大きな魅力となっています。
珠城りょうの経歴まとめ
今回は、珠城りょうさんの経歴を中心に、宝塚時代から退団後の女優活動、中学時代やVIVANT出演について紹介しました。
- 珠城りょうさんは1988年10月4日生まれで2026年現在38歳
- 愛知県蒲郡市出身で身長172cm
- 宝塚歌劇団94期生として2008年に入団
- 初舞台後は月組に配属された
- 入団3年目で新人公演初主演を経験
- 2016年に入団9年目で月組男役トップスターへ就任
- トップ就任は男役として天海祐希に次ぐ異例の早さだった
- 2021年8月15日に宝塚歌劇団を退団
- 2022年「マイファミリー」でテレビドラマ初出演
- 2023年「VIVANT」で別班員・廣瀬瑞樹役を演じた
- 2026年の「VIVANT」第2シーズンにも同役で出演
- 中学時代はハンドボール部の主将を務めていた
- 宝塚音楽学校には3度目の受験で合格した
- 現在は女優・歌手として舞台や映像作品で活動している
スポーツ少女だった中学時代から3度の宝塚受験を経て、入団9年目で月組トップスターとなった珠城りょうさん。退団後は映像の世界にも活動を広げ、「VIVANT」など話題作への出演を重ねています。宝塚時代とは違った役柄を演じる機会も増えており、今後の女優としての活躍にも注目が集まりそうです。
よくある質問
- 珠城りょうさんは宝塚歌劇団の何期生ですか?
-
珠城りょうさんは94期生です。2006年に宝塚音楽学校へ入学し、2008年に宝塚歌劇団へ入団しました。初舞台後は月組に配属されています。
- 珠城りょうさんはいつ月組トップスターになりましたか?
-
2016年9月に月組男役トップスターへ就任しました。入団9年目でのトップ就任は、男役として天海祐希さんに次ぐ早さだったと所属事務所の公式プロフィールで紹介されています。
- 珠城りょうさんはいつ宝塚を退団しましたか?
-
2021年8月15日、東京宝塚劇場公演「桜嵐記/Dream Chaser」の千秋楽をもって宝塚歌劇団を退団しました。2016年のトップ就任から約5年間、月組を率いました。
- 珠城りょうさんはVIVANTで何役ですか?
-
日曜劇場「VIVANT」で、別班員の廣瀬瑞樹役を演じています。2023年の第1シーズンに続き、2026年の第2シーズンにも同役で出演しています。
- 珠城りょうさんの中学時代はどんな学生でしたか?
-
中学時代はハンドボール部に所属し、主将を務めていました。中学生の頃に初めて宝塚を観劇し、その舞台に憧れたことが宝塚音楽学校を目指すきっかけになりました。
- 珠城りょうさんは宝塚音楽学校に一発合格したのですか?
-
いいえ。本人のインタビューによると、3度目の受験で宝塚音楽学校に合格しています。不合格を経験しながらレッスンを続け、最後と決めた挑戦で合格をつかみました。
- 珠城りょうさんの実家は歯医者ですか?
-
実家が歯科医院だと裏付ける公式情報は確認されていません。珠城さんが愛知県蒲郡市出身で、両親が宝塚受験を支えていたことは本人のインタビューなどから確認できますが、両親の職業は公表されていません。
